【 2026年最新DTMセール情報はこちらから!】

アンビエントとIDMって結局何なの?空港の退屈から生まれた「家で聴く電子音楽」を名盤とあわせて解説

スポンサードリンク
当ページの一部リンクには広告が含まれています。

1970年代の終わり、ドイツのケルン・ボン空港。ミュージシャンのブライアン・イーノは、飛行機を何時間も待たされて、ターミナルの椅子でぐったりしていました。

天井のスピーカーからは、当たり障りのないBGMが小さな音で流れ続けています。ガラス張りの明るい建物なのに、その音楽のせいで空間全体がどこか落ち着かない。イーノはふと考えます。「この場所のために作られた音楽って、ないんだな」と。周りの光や広さ、行き交う人の流れになじんで、緊張をほどいてくれるような音。急かさず、ただそこにあるだけの音楽。

そのアイデアが形になったのが、1978年発表のアルバム『Ambient 1: Music for Airports』です(世に広く出回ったのは翌1979年)。タイトルにもジャケットにも「アンビエント(ambient)」という言葉が使われた、史上初めて自分から「これはアンビエント・ミュージックです」と名乗ったレコードでした。ambientは英語で「まわりを取り囲む」「その場の」という意味。つまり「空間そのものになる音楽」という宣言です。

この記事では、そのアンビエントと、しばしばセットで語られるIDM(Intelligent Dance Music)という2つのジャンルが、どこでどう生まれて、何が同じで何が違うのかを整理します。最後に「まずこれを聴けば全体像が掴める」という名盤も紹介するので、聴く側にも作る側にも興味があれば、ぜひ最後まで読んでみてください。

目次

「無視できるくらい、でも聴くと面白い」——イーノが決めたルール

イーノがこの発想にたどり着いたきっかけは、空港の少し前にさかのぼります。1975年の1月、彼はロンドンで交通事故に遭い、しばらく寝たきりの生活を送っていました。お見舞いに来た友人が18世紀のハープ音楽のレコードを置いていってくれたのですが、プレーヤーにセットして横になったイーノは、音量がほとんど上がっていないことに気づきます。でも、起き上がって直すのはしんどい。仕方なくそのまま聴いていると、窓の外の雨の音に混じって、ハープのいちばん大きな音だけがぽつぽつと聞こえてくる。それが、なんとも良かった。

この体験から生まれたのが1975年の『Discreet Music』で、その延長線上に空港の一枚があります。イーノは『Music for Airports』のライナーノーツに、アンビエント・ミュージックの定義とも言える一文を残しました。ざっくり訳すと「いろんな聴き方を受け入れられて、そのどれかひとつを押しつけない音楽。無視できるくらい気にならないのに、耳を傾けると面白い音楽」。BGMのように聞き流してもいいし、じっくり聴き込んでもいい。その両方を許すのがアンビエントだ、というわけです。

ちなみに『Music for Airports』は、1980年に実際にニューヨークのラガーディア空港のターミナルで1か月ほど流されたことがあります。ただ、利用客には「かえって不安になる」「葬式みたいだ」とわりと不評だったそうで……。空港のための音楽が空港で受け入れられなかったというのは、なんだか出来すぎた話ですが、それだけこの音楽が「ふつうのBGM」とは違うものだった証拠とも言えます。uDiscover Musicの特集記事でも、この一枚がいかに特殊な位置づけの作品だったかが詳しく紹介されています。

さらに遡ると「家具の音楽」にたどり着く

「場所のための音楽」「聞き流すための音楽」という発想自体は、実はイーノよりずっと前からありました。フランスの作曲家エリック・サティが1917年ごろに提唱した「家具の音楽(musique d’ameublement)」がそれです。

きっかけは、サティが友人とレストランに入ったとき、店内の大音量の演奏にうんざりしたことだと言われています。サティは「ナイフやフォークの音を和らげるくらいの、でも決してそれを邪魔しない音楽が必要だ」と語り、椅子やテーブルと同じように部屋に置いておける、聴くためではなく「そこにあるための」音楽を書きました。実際の演奏会では、客に向かって「どうぞ立ち歩いて、おしゃべりを続けてください」と促したという逸話も残っています。ふつうの演奏会のマナーとは正反対ですね。

このアイデアは当時ほとんど注目されませんでしたが、1950〜60年代にアメリカの作曲家ジョン・ケージが「サティは重要なことをやっていた」と再評価したことで、少しずつ知られるようになります。そこからイーノのアンビエントまで、「音楽は必ずしも正座して聴くものじゃない」という考え方が、細い糸のようにつながっているわけです。

IDMという呼び名はどこから来たのか

ここまではアンビエントの話でした。もう一方のIDM(Intelligent Dance Music)は、もう少し後、1990年代のイギリスで生まれた呼び名です。

主役になるのは、1989年にイギリス北部の街シェフィールドで生まれたレーベル、Warp Records(ワープ・レコーズ)。レコード店の店員だったスティーヴ・ベケットとロブ・ミッチェルらが立ち上げた、電子音楽専門のインディーレーベルです。

1990年代の初め、イギリスのクラブはレイヴ・カルチャーの真っただ中で、ハードコアな高速ビートが鳴り響いていました。そんな中でWarpは、あえて逆を行きます。「踊るため」ではなく「座って聴くため」の電子音楽を売り出そうとしたのです。それをまとめたのが、1992年のコンピレーション『Artificial Intelligence』でした。

このアルバムのジャケットが、コンセプトを見事に表しています。アームチェアに深く身を沈めたアンドロイドが音楽を聴いていて、足元にはクラフトワークの『Autobahn』とピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』のレコードが転がっている——つまり「家でくつろいで聴く電子音楽」という絵です。ジャケットの内側には「くつろいでいますか? これは長い旅と、静かな夜と、クラブ帰りの眠い明け方のための音楽です」という一文が添えられていました。Warpはこの音楽を「エレクトロニック・リスニング・ミュージック(聴くための電子音楽)」と呼んでいます。

収録されたのは、Aphex Twin(ポリゴン・ウィンドウ名義)、Autechre、B12、The Black Dog、それにのちにミニマルテクノの重鎮になるリッチー・ホウティンなど。

で、肝心の「IDM」という言葉ですが、これはアーティストやレーベルが名乗ったものではありません。1993年8月、電子音楽のファンが、この『Artificial Intelligence』系の音楽を語り合うためのメーリングリストを立ち上げました。その名前が「IDM list」。『Artificial Intelligence』の「インテリジェント(intelligent)」がそのまま「インテリジェント・ダンス・ミュージック」に横滑りして、ネット上のコミュニティを通じて定着していったわけです。

面白いのは、当のアーティストたちがこの呼び名をあまり気に入っていないこと。Aphex Twin本人は1997年のインタビューで「『これはインテリジェント(知的)で、ほかは全部バカだ』って言ってるようなもの。ほかの音楽に対してすごく失礼だよ」と、はっきり嫌がっています。MasterClassのIDM解説でも、この名前をめぐる居心地の悪さが取り上げられています。

呼び名はさておき、音楽的にIDMはテクノから枝分かれした「聴くための」電子音楽、と捉えると分かりやすいです。デトロイトで生まれたテクノのビート感を土台にしながら、クラブでかけることを目的にせず、家のスピーカーやヘッドフォンでの体験に振り切った——それがIDMのおおまかな立ち位置です。

アンビエントとIDM、何が同じで何が違う?

同じ「家で聴く電子音楽」でも、アンビエントとIDMでは重心がけっこう違います。ざっくり整理すると、こうなります。

  • 共通点:クラブのフロアではなく自宅のリスニングが主役。メロディや歌よりも、音色そのものや「その場の空気」を作り込むことに重きを置く。シンセや録音した音を大胆に加工する、音響実験の姿勢も共通しています
  • ビートの扱い:アンビエントはビートがない、あってもごく控えめ。対してIDMは、複雑に打ち込まれたビートこそが主役です。細かく刻まれたドラム、わざとよれたリズム、機械的なのに妙に人間くさいグルーヴが持ち味
  • イメージの違い:アンビエントが「部屋を満たす空間・環境」だとすると、IDMは「拍と音色で組み上げたパズル」。前者はぼんやり浸る音楽、後者はつい構造を追いかけてしまう音楽です

とはいえ両者はグラデーションでつながっていて、その中間にあたるのが「アンビエント・テクノ」と呼ばれる領域です。あとで紹介するAphex Twinの『Selected Ambient Works 85-92』あたりは、ビートはあるけれど踊らせる気はまったくない、まさに中間地点の一枚です。

制作技法の面では、IDMは「変わった音の作り方」に貪欲なのも特徴です。たとえばAphex Twinは2001年の『Drukqs』で、ピアノの弦にモノを挟んで音色を変える「プリペアド・ピアノ」(現代音楽のジョン・ケージが広めた手法)を、電子制御のピアノで再現しています。ドイツのJan Jelinekは、古いジャズのレコードのごく短い断片をサンプリングし、レコード特有のノイズごと素材にして、ふわふわしたループを組み上げました。「きれいなメロディを鳴らす」より「音の質感そのものを作り変える」ことに情熱を注ぐ——このあたりがIDMらしさです。

ちなみにアンビエントはハウスとも合流していて、ダンスミュージックのビート感とアンビエントの浮遊感を混ぜた「アンビエント・ハウス」というスタイルも90年前後に流行りました。The Orbの『The Orb’s Adventures Beyond the Ultraworld』(1991)や、The KLFの『Chill Out』(1990)あたりが代表格です。UKガラージのような踊らせることに全振りしたジャンルと聴き比べると、同じ電子音楽でも「体を動かす音楽」と「頭の中を漂う音楽」でこんなに設計が違うのか、というのが見えてきて面白いです。

これを聴いておけばOK、アンビエント/IDMの名盤

ここからは「まずこれを聴けば全体像が掴める」という名盤を紹介します。アンビエント側とIDM側、どちらもバランスよく押さえられるように選びました。

Brian Eno『Ambient 1: Music for Airports』(1978)

すべての出発点。ピアノや声を録音したテープを、それぞれ違う長さでループさせて重ねているだけ——なのに、いつまで待っても同じ展開が戻ってこない。聴いていると時間の感覚がゆるくなっていきます。1曲目の、あの何も起きないのに心地よい感じを味わえたら、アンビエントの入り口はもう通過したようなものです。

Aphex Twin『Selected Ambient Works 85-92』(1992)

イギリスのリチャード・D・ジェイムズが、10代の頃から録りためた音源をまとめたデビュー作。ベルギーのレーベルApolloから出ています。柔らかいシンセと、ゆったりしたビートが同居していて、アンビエントとテクノのちょうど真ん中。電子音楽にそこまで詳しくない人でも、すっと入っていける温かさがあります。名盤リストでほぼ確実に名前が挙がる一枚です。

Aphex Twin『Selected Ambient Works Volume II』(1994)

その2年後、今度はWarpから出た続編。前作にあったビートすらほとんど消え、曲名すら付けられていない(写真で曲を区別する)、霧のようなアンビエントに振り切った作品です。1枚目とセットで聴くと、同じ人が「ビートあり」と「ビートなし」の両方向にどこまで行けるかが分かって面白いです。

Autechre『Tri Repetae』(1995)

イングランドのデュオ、オウテカの3作目。ここはIDMの「かっちり作り込む」側を代表する一枚です。金属的で無機質な音色、複雑に折り重なるリズム、それなのに全体としては妙に有機的。デビュー作『Incunabula』(1993)はもう少しメロディックで聴きやすいので、いきなり尖ったのは不安、という人はそちらから入るのもありです。

Boards of Canada『Music Has the Right to Children』(1998)

スコットランドのデュオによる、Warpからの一枚。あえてピッチを揺らしたアナログシンセ、ヒップホップのようにもたつくビート、遠くで聞こえる子どもの声——古い教育フィルムやホームビデオを思い出すような、なつかしくて少し不気味な質感が唯一無二です。IDMの中でも飛び抜けて人気が高く、「電子音楽は冷たい」というイメージを完全に覆してくれます。

Global Communication『76:14』(1994)

イギリスのトム・ミドルトンとマーク・プリチャードによる、90年代アンビエントの代表作としてよく挙がる一枚。収録曲にはタイトルがなく、その曲の演奏時間(「14:31」など)がそのまま曲名になっています。アルバム全体の長さが76分14秒だから『76:14』。静かで広々としていて、作業中や寝る前のBGMとしても本当に優秀です。

この6枚に加えて、ハロルド・バッドとイーノの共作『Ambient 2: The Plateaux of Mirror』(1980)や、さっき触れたJan Jelinekの『Loop-Finding-Jazz-Records』(2001)まで手を伸ばすと、アンビエントとIDMの幅がひと通り見えてきます。

アンビエント/IDMっぽい音を作ってみたい人へ

「聴いてたら自分でも作りたくなった」という人向けに、取っかかりを軽く置いておきます。

  • アンビエント寄りに作るなら、まずシンセのパッド(音を伸ばし続ける音色)を1枚用意して、そこに深いリバーブと長いディレイをかけるところから。あとはフィルターをゆっくり開閉させるだけでも、それらしい揺らぎが出ます
  • 空間系エフェクトが主役なので、リバーブとディレイの引き出しは多いほど有利です。種類ごとのキャラの違いはリバーブの種類の解説記事、そもそもディレイとリバーブをどう使い分けるのかはディレイとリバーブの違いの記事で説明しているので、作り始める前に読んでおくと回り道が減ります
  • IDM寄りに作るなら、逆にビートで遊びます。打ち込んだドラムをわざと細かく刻んだり、タイミングをずらしたり、一部だけ再生速度を変えたり。生活音や自分の声をマイクで録って、ごく短く切ってループ素材にするのもIDMらしい手口です
  • メロディは後回しでいいというのも共通のコツ。「良いコード進行」より先に「その曲の空気」を決めてしまうと、アンビエント/IDMらしい質感に寄せやすくなります

── 個人的には、このジャンルはギターで例えるなら「速いフレーズを弾く練習」ではなく「アンプの前でフィードバックの角度を探っている時間」に近いと思っています。うまい下手より、音そのものと長く付き合えるかどうか。作る側に回ると、その感覚がだんだん分かってきます。

まとめ

アンビエントは、ブライアン・イーノが空港の退屈な時間から思いついた「その場所のための、聞き流してもいい音楽」。さらに遡ればエリック・サティの「家具の音楽」にたどり着きます。いっぽうIDMは、Warp Recordsが「踊るためじゃなく、家で座って聴く電子音楽」として送り出したものが、ネットのコミュニティを通じて「インテリジェント・ダンス・ミュージック」と呼ばれるようになったジャンルです。

ビートを手放して空間に浸るのがアンビエント、ビートを複雑に組み上げて音色のパズルを楽しむのがIDM。今回挙げた名盤は、その両極とあいだを行き来できるように選んだので、まずは気になった1枚から、部屋を少し暗くして聴いてみてください。

スポンサードリンク

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメントはこちら

コメントする

目次